JSミル
JSミルは、言論の自由について話しました。
ミルのメインの主張は、いろんな意見を自由に話すべきだというものです。
しかし、いろんな意見を言うことを許すべきだったとしても、ある程度の節度が必要だとミルは言います。
公平な議論の限界を超えないことが必要なのです。
悪い主張の仕方
ミルいわく、悪い主張というのは、本人に指摘しても、なかなか本人が自覚できないのが問題なのだそうです。
他人に不快感を与えているのに、当の本人はそれを自覚できないのです。
ミルが「特に最悪」と言ったものを紹介します。
① 詭弁を使うこと
詭弁とは、間違った意見を正しく見せかける話し方のことです。
例えば、「そんな風に考えるのは君だけだ」と、言ってくる人がいるとします。
しかし、「そんな風に考えるのが1人しかいない」というデータを持ってるわけではないのです。
その人は、間違った意見を正しく見せかけてるだけなのです。
②事実や論点を隠すこと
知ってる情報を隠したり、いま何について話し合っているのかを隠したりすることも、議論を不公平なものにします。
知ってる情報は、相手に有利になるかどうかに関わらず、シェアするべきです。
③議論の要点をはぐらかすこと
議論の中の1番大事な部分をあいまいにさせると、議論が混乱します。
混乱をあえて作るのは、良くないことなのです。
④自分に反対する意見を歪めて話すこと
「アイツに、○○と言われた」と怒ってる人がいる時、実際には、そこまでヒドイことを言われてないのに、受け取る側が、誇張してしまうことがよくあります。
実際にはもっとマイルドな言い方で言われたのに、言われた言葉が頭の中で大きくなり、必要以上に大げさに受け取ってしまうのです。
実際に言われた言葉と、聞いた側が受け取ったメッセージが一致しないのは、よく起こることです。
しかし、このように自分に反対する意見を歪めて話すことは、ウソを作り上げるようなものです。
どのような言葉を言われたのかは、あまり誇張してはいけないのです。
⑤ 反対意見の持ち主に、邪悪で不道徳な人物像という汚名を着せること
反論してきた人に対して、「道徳がない」と言い返すのも、議論をしづらい環境を作ってしまいます。
反論しただけで、犯罪者のような扱いを受けてしまう社会では、誰も反論をするほどの勇気を持てなくなるのです。
ところが、こうしたを、高学歴な人が大真面目にやる、とミルは言います。
その人が悪気がある場合は、まだマシです。
自分が悪いことをしてる自覚があるからです。
しかし、それを良かれと思って、大真面目にやる人がたくさんいます。
ミルいわく、このような不正行為が、あまりに頻繁に起きるため、いちいち指摘することもできないのだそうです。
ましてや、この不正行為をあえて法律を使ってまで防止することもできないのです。
また、このような攻撃は、少数の意見に向けられがちです。
そして、社会は、そのような攻撃を非難しないことが多いです。
少数派の人たちは、少人数だからこそ、影響力がありません。
彼らが正当に扱われてるかどうかなんて、社会の人々は関心を持たないのです。
そのため、少数派の人は、中傷を浴びせられやすいです。
もしかしたら、関心を持ってる人もいるかもしれません。
しかし、「少数派に味方している」と思われると、身の危険が高まる可能性もあります。
また、関心はあっても「仲間になろう」というのほどの情熱は湧いてない場合もあります。
そのため、このような論争に、関わらない人が多いのかもしれません。
逆張りは必要ない
少数派になってしまっても、諦めずに反論をする人は勇気があります。
とはいえ、勇気がある人のフリをしたいからと言って、わざわざみんなと反対側の意見を言う必要はありません。
常に逆張りする必要はないと、ミルは言います。
みんなが選んだものと、逆のものを選んで意見の不一致を作ることが、真理を知るための必須条件というわけではないのです。
みんなで真理を理解できるようになるためには、一部の人々が誤りにとどまり続ける必要があるということではありません。
人類が進歩すれば、いろんな論争が終わって、結論が出るのが普通です。
意見がしっかりと固まることは、正しい意見の場合には、メリットがあります。
例えば「歯磨きをした方が、虫歯になりにくい」という結論は、たぶん正しいです。
これにわざわざ反論する必要はないのです。
みんなが同意してる意見に、必ずしも反対しなければいけないわけではありません。
その真理が正しい場合は、意見の多様性がなくなっていくのは、よいことなのです。