重商主義とは、輸出を増やして、輸入を減らすことで国が豊かになるという考え方です
どのような考え方なのかみていきます
重商主義とは
重商主義とは、商工業を大切にする考え方です
重商主義の人は、輸出が好きです
なぜなら、輸出をすると、金銀を得られるからです
自分の国の商品を海外に輸出して、海外からは、なるべく買わないようにしました
こうして、出来るだけ、金銀を国内に溜め込んだのです
重商主義の人は、輸入はあまりしたくないと考えています
なぜなら、輸入をすると、金銀が海外に出て行ってしまうからです
「海外から商品を買うこと」=「金銀が海外に出ていくこと」です
金銀が海外に出ていくのは、嫌だったのです
そのため、あまり輸入をしないようにしました
金銀が富
重商主義では、金銀こそが富であると考えられていました
重商主義の時代の人たちは、金銀を貯金することを重要視しました
その理由は、戦争になったら、お金が必要だからです
当時は、たびたび戦争が起きていたので、戦争が起きた時に困らないように、普段から金銀を貯め込む必要があったのです
関税
輸入をしないようにするためには、国民が輸入品を買わないように工夫する必要があります
そのため、輸入品には、高い関税をかけました
関税とは輸入品にかける税のことです
税が高ければ、輸入品の値段が高くなります
つまり、関税とは、輸入商品の値段が高くなるようにする方法です
商品は、安い方がよく売れます
もし、りんごが2つあって、値段が違ったら、安い方が売れるのです
もし、輸入品の値段を高くすれば、相対的に、国産品が安くなります
国産品が安くなれば、国産品がよく売れるようになります
だから、関税で、輸入品の値段を高くしたのです
こうして、国民が輸入品を買わないようにすることで、輸入を減らしていきました
産業保護
輸入品に関税をかけることを、「国内の産業を保護する」と言います
この時代は、産業を保護することが大切だと考えられていました
産業の保護とは、自分の国の産業が成長できるするようにすることです
具体的には、海外からの輸入品に規制をかけたり、関税をかけたりすることです
輸入品を売れづらくすることで、国産品を応援したのです
植民地
この時代は、植民地を作る発想が出てきました
植民地を作って、そこから、原材料を安く買ったのです
また、自分の国で作ったものを、植民地に売りつけました
立場の弱い相手に商品を売りつけたら、相手はしぶしぶ商品を買ってくれます
そのため、当時の先進国は、植民地と不平等条約を結んで、貿易で富を増やしました
国際競争力
国を豊かにするためには、国際競争力を高くすることも大切です
競争力を高くするという意味は、他の国に負けないようにするということです
作物をより安く作れると、国際競争力が高くなります
つまり、勝つためには、作物を安く作ることが大切です
そのため、農業をしてる人の賃金を安くし、商品のコストを下げていきました
生産にかかるコストを下げることで、国際競争力を向上させたのです
その結果、労働者の賃金は安く抑えられ、長時間労働になりました
政府が産業に介入
政府は産業に介入しました
介入とは、国民を助けることです
貿易をしてる一部の商人を助けました
そして、その一部の商人は、大きな利益を得ました
その結果、富が一部の人間に集中するという問題が起きました
重商主義の背景
重商主義が流行った背景についてみていきます
重商主義が流行った16〜18世紀は、絶対王政の時代でした
王様たちは、自分の生活を維持するために、もっとお金が必要だったのです
重商主義で、金銀を国内に貯め込んだので、とても富が増えました
しかし、市民は、自由を制限されたので、不満が溜まっていったのでした
そんな重商主義をアダムスミスは反対しました。アダムスミスの思想については、こちら↓の記事から